『東京都新宿区の小学校教諭、自殺』の記事に思う

10/9 朝日新聞より抜粋

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〜若い先生 夢を追い続けて〜

東京都新宿区立小学校の新任女性教諭(当時23歳)が昨年6月、自ら命を絶った。

念願かなって教壇に立ち、わずか2ヶ月後に、なぜ死に至ったのか。

両親や学校関係者に取材すると、校内での支援が十分とはいえないなか、

仕事に追われ、保護者の苦情に悩んでいた姿が見えてくる。

母(55)がメモ帳に書かれた遺書を見つけたのは、死去から2ヶ月たった昨年の8月のことだ。

『無責任な私をお許し下さい。全て私の無能さが原因です』

『無責任じゃない。責任を果たそうとしたから倒れたのに』と父(55)。

やりきれない思いがこみあげた。

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親御さんの心境を思うと、

『無念』

それ以外にないと思います。

記事には遺書の写真が掲載されており、

その生々しい字を見ると、思わず目頭が、、、

遺書が2ヶ月後に見つかったということは、大分前から書いてあったのでは?

そう思うと、なおさら胸が痛みます。

再三、当ブログで書いてますが、

今の『教員』という仕事、これはかなり厳しい環境にあります。

生徒、保護者、先生同士、教育委員会、そして文科省

教育に関わる全ての環境が以前とがらりと変わってしまい、

教師のストレスは増すばかり。

記事には『病気で休職した公立学校の教員数』のグラフがありましたが、

それによると1996年に4000人弱だったのが2005年には7000人まで増加。

当然、データにあがらない数も想定されるので、

『予備軍』まで含めたら、7000人どころの話ではないものと推測されます。

事実、私の周りにも休職や退職をした人が何人かいます。

彼ら(彼女ら)に話を聞くと、

皆一様に『今の時代、教員になるやつはバカだ』

かつて情熱があった人ほど、その絶望は深い、と。

公立の小中学校はつまるところ文科省のサジ加減でその教育方針が決まります。

悪評高い『ゆとり教育』もそうですが、文科省の方針が右に左にズレてしまうと、

結果、現場が混乱する、と。

今日も、この『負の連鎖』が、全国のいたるところで繰り広げられていると思うと、、、

若い命が、環境が原因で失われるとしたら、

いったい、この国の子供達、若者の未来はどうなってしまうのでしょう。

仕事で子供達と接し、その綺麗な目を見るたび、

どうか大人になっても、その輝きを失わずに、生きていって欲しい。

本当に、本当に、

心から、そう思います。