悔しさを感じる時

皆様も日常生活や仕事上で悔しさを感じる時があるかと思います。
さときちは仕事上、
「時間をかけて解説をしたにもかかわらず問題を理解してもらえなかった」
時に最も悔しさを感じてしまいます。

先日、2時間の授業中、1時間以上も数学の
特定の問題について時間をかけてしまいました。
本来、ここまで時間をかけるのは非常にリスクが高いのですが、、、
(受験生に対してはそれはやらないようにしていますが)

答を教えてしまうのは簡単。
ヒントを少しづつ出していって、
最終的には本人が答を見つけられるようにしていくのが
我々の仕事なのですが、
これが想像以上に忍耐のいることでして。

「はい。これはこの値をそこに代入して解く!」

などど言葉が出かかってしまいます。

そこを踏みとどまって、いかに徐々にヒントを小出しにしていくかが
勝負な訳ですが、これがまた大変。

ノートで計算をしているなら、どこまで考えているのかをチェックしたり、
図形の問題なら、生徒の目線を追ってどこの図形を見ているかチェックしたり、
(例えば相似の問題などで答につながらない三角形を追いかけたりしているのを
 発見する為)
または日常世界の何かに置き換えて説明してみたり、、、

それでも時にはわかってもらえない時があります。
時間も決まっていますので(時々オーバーしてしまいますが)
最終的に解き方を教えることに。

そんな時、家に帰ってからも気になってしょうがないのです。

ああ、もっと俺に力があればな、と。

違う説明の仕方がなかったのかと。


冷蔵庫からビールを取り出し、
生徒が手こずった問題を思い出す、、、ノートを開いて必死で格闘します。


よし、○○○(生徒の名前)
次は「わかった!」と言わせてやる!!