地方国立大学、存続の危機

3/18 朝日新聞より抜粋

日本の半分の県から国立大学が姿を消しかねない。
国立大学への国の運営費交付金の配分方法について、
経済財政諮問会議の民間議員が「競争原理の導入」を提言したのに対し、
文部科学省がこんな試算をまとめた。
国立大学の危機感を背景に一定の前提を置いて計算したもので、
諮問会議側を牽制する狙いがあるものと思われる。

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国立大学と聞くと、特に地方在住の方々にとっては聞こえがいいのですが、
実際、倍率が0.5倍以下の国立大学が4校存在します。
昔とは隔世の感がありますが。

国立大学ですらそうなのですから、地方の私立大学なぞ、さらにサバイバルな状況に。

学生を集めるために聞こえのいい新学部を増設したりしてますが、

少子化の時代に、学部を新設してどうすんだと。

そんなことより、既存の学部での授業内容の充実に力を入れるべきだと思います。

大学の経営なぞ、国の補助金におんぶにだっこのどんぶり勘定。

教育にコストの概念を持ち込むな、という意見はあるものの、

この後におよんでの、新学部開設なぞ、税金のムダ使い以外の何ものではありせん。

それで生徒が一時的に集まったとしても、

5年、10年後の状況を大学側は正確に予測しているのかどうか激しく疑問です。

『困ったから、補助金出してくれ』

最後は泣きつけば国が助けるとでも思ってるのでしょうか!

一般企業なら経営陣が背任で追求されるぐらいの罪の重さです。

ちなみに私の母校、当時の倍率は35倍でした。
先日、本屋でデータ集を見たら、昨年度の倍率1.7倍、偏差値は50の遥か下
完全に「受け皿大学」と化してます。
都心から遠く離れたキャンパス。
学校の近くにコンビニはもちろん、喫茶店すらないという恵まれた立地条件では
あと10年以内に消え去る可能性は高いと思われます。

現在の大学事情、その惨状は以前より話題になっています。
大学生になって、中学レベルの復習から始める、と。
「いったい何のための大学か!」
何人もの大学関係者が嘆いておりました。

はっきり言って、大学卒の学歴なぞ、本質的な人間の評価と別にあります。
(ただしある程度の学力保証にはなりますが)

中には、『東京大学大学院卒』の学歴が欲しいがゆえに、
あやしげな学歴ロンダリングに手をそめる輩もいる訳でして。

お前は一生そういう考えで生きていくのか、と(笑)
まあ 一般企業に入ってから苦労すればいいだけの話ですが。

何度も言いますが、

若いウチは、挨拶ができて人の痛みがわかれば十分。

その上で、学力をつけたい人は頑張って勉強すればいいのだと思います。

子供自身がそれを望むなら、徹底的に鍛え上げてもいいでしょう。

そして、基礎学力をつけた上で「勉強」から「学問」の世界へ羽ばたいてもらいたいと思います。

くどいように繰り返しますが、子供の教育、特に幼児期からの英語教育なぞ、

親の自己満足以外の何ものでもありません。

あんたの満足の道具に子供を使うなよ、と。

いや、親のつとめは子供の可能性を伸ばすことにある、それは正論です。

しかし、よかれと思ってやっていることが、

単なる『押し付け』になってるケースが多々あります。

(国語の基礎力だけは例外的に強制でもいいと思いますが)

物事の考え方、その本質にせまるような考え方は

ある程度の自由な雰囲気の中で育まれるもの。

強制の中には、歪んだ精神というか、表面上の点数取りの、ヘンに器用なテクニックのみ身につけてしまうような子供が誕生してしまいます。

一般に優秀とされる子供さんでも、この手の上辺だけの優等生がいかに多いか!

あくまで「なぜ?」と問いかける、いつまでも「なぜ?」と問いかける、

簡単に「わかった」などと言わない、

そういう強い探求心こそが本当の考える力に結びつくものだと思います。

器用な生徒の満点より、不器用でも「なぜ?」と問いかける生徒の0点の方が価値は高い。

そう思って授業してます。

ただし、仕事上、テストの成績は上げなくてはなりません。

本当は もっと、もっと 考える力を、

飽きることなく「なぜ?」と問いかける力を

生徒に

つけてもらいたい。

簡単に

「わかりました」

と言わない生徒になって欲しい。

でも 

私に与えられた時間は、1回2時間の授業のみ。

まだ まだ 言葉と時間が足りません。

何度も 何度も 自分で考えようとする力を

その大切さを

持てる最大の言葉と能力を使って

全身で、伝えていきたい。

そう思います。