藤原正彦氏講演

演題:『日本のこれから』

講師:藤原正彦

講師プロフィール

お茶の水女子大学理学部教授

1943年 満州生まれ

東京大学理学部数学科卒

1978年、数学者の視点から眺めた清新なアメリカ留学紀『若き数学者のアメリカ』で日本エッセイストクラブ賞を受賞。独自の随筆スタイルを確立する。

故・新田次郎藤原ていの次男。

2004年 フジサンケイ正論新風賞受賞。

著書(多数ある為、一部のみ紹介)

『若き数学者のアメリカ』 『数学者の休憩時間』 『父の威厳 数学者の意地』

『祖国とは国語』 『国家の品格』 『この国のけじめ』 『藤原正彦の人生案内』


〜 講演内容 〜


・日本の政治について

ここ十数年、声高に「改革」「改革」と言われているが、国民はちっとも国が良くなった実感がない。「改革」を押しすすめればすすめるほど、国民の首が絞まっていく。現在の改革路線、小泉さんも今の安倍さんもそうだが、一言で言えば『市場原理』。格差社会を生み出すのみ。

規制撤廃、規制こそ悪である、という考え方。改革するのが善である、という考え方。

世の中は全て「ケース・バイケース」であるハズなのに。これは、国民に責任あるのは明白。いまだに「改革=善」であると過半数以上が思っている。これでは国はよくなるハズがない。


・規制に関して

例えば、ボクシング。

これから規制を無くしたら、ただの殺し合いである。3回に1回ぐらいは死んでしまうのではないか。


格差社会

小泉さんは格差を拒否していたようだが、、、安倍さんは肯定している。

何が「再チャレンジ」なのか、と。

安陪さんが目指している社会は「強いものが常に勝つ」「弱いものが常に負け続ける」社会。

「格差」はあっていい。それは当然の論理。

朝から晩まで働く人が1割、仕事しないで朝から酒を飲んでいるような人が1割。

他の8割の人は中流。しかし、今や、この中流層が減っている。

競争原理が働くと、この割合に変化がおきてくる。

1対8対1 から 1対9 という恐るべき社会へシフトしていく。

現に、競争原理の最も激しいアメリカでは1対5対4の割合である。

この、貧困層が4割という社会は恐ろしい社会である。

「公平に戦う。勝ったからよいではないか?」 「6年生と1年生が喧嘩していいのか?」という疑問。


・不公平こそが重要である。

例えば、日本の中央と地方の政治。 地方にハンデをつけるのは当然。

アメリカのノーベル賞クラスの経済学者の考え方には納得できない。何が「市場原理」か、と。

共産主義、これは論理的に美しいのだが、失敗したのは事実。

小泉さんの場合にはあまりにも「論理」が無さ過ぎて怖かったのだが。

どんな偉い経済学者でも未来の予測など不可能に近い。

例えば20年後の中国の状態、論理的に説明できる人いますか? 

私は無理だと思います。

だからこそ「情緒」が必要ではないか?

長期的なスパンで考えることが重要。


・リストラについて

無能な人から切っていく、これは『論理的には正しい』が短絡的。

成果主義』によるモラル・モラールの低下。

実際にある電機メーカーの混乱ぶりには、、、

(注・・・富士通かと思われる)

今の企業の考え方が危険な状態である。大学の考え方も同様に危険。

すぐに役に立つもの、目立つ、お金になる仕事、研究しかしなくなる。

基礎研究無くして、国家の繁栄はありえない。


ニート・フリーターについて

このまま増えていったら10年後、20年後、どうなるのか? 

1千万人を越えたらどうなるのか? 確実に国の破滅が待っている。

現代の女性は、子供が『コスト』の対象になってしまっている。

あるいは産んでも子供が幸せにならない社会なら生まない方がいいと。→ 少子化

今の子供達の考え方も問題。『一生懸命勉強しても、一流の会社に入っても、、、どうせ、、、』

覇気が無い。生命力が無い。


アメリカの教育について

ずっと昔から(日本で言う)小・中学校ぐらいまでの公教育は崩壊している。

しかし、アメリカには世界中から優秀な大学生、研究者が集まってくる。

これで成り立っているのは唯一アメリカだけである。

アメリカのモノ作り? 話にならない。

日本に作らせないように規制をかけている。

(例として宇宙関係や軍事関係など。)


・従来の日本型経営とバブル崩壊について

1980年代、世界中からフェアじゃないと言われていた。

他の国では「年功序列」と「終身雇用」はマネできないから。

ところが、バブル崩壊後の日本、アメリカ型をマネるようになった。

そして今の社会。もはや重症である。

むしろ、従来の日本型経営を世界に輸出すべきである。


今や、日本全国、金の崇拝者ばかり。

堀江氏しかり村上氏しかり。


かつて日本に訪問したフランシスコ・ザビエルの言葉。 

『この国の民族は貧しいことを恥じない』

例えば、、、貧しい武士が農民に尊敬されている。

武士は、権力・教養はあったが下級武士の生活は困窮していた。

『武士は食わねど〜』


19世紀後半、日本を旅行した英国人バートリーの言葉。

『女性が安全に旅行できた。そんな国は他に無い』

ある時、彼女は峠のお茶屋に行った時、親切で出されたお茶を飲んだ。

お金を払おうとしたのだが、頑として受け取らない。


ヨーロッパでは金・権力・教養は貴族に集中していた。

つまり彼女が見た日本の一般庶民の振る舞いは、とても貧乏人のそれではないということ。


シュリーマンの話

日本人船員の余分にお金を受け取らない姿勢にいたく感心したという。

中国人の場合、船長が平気で相場運賃の4倍以上のお金をふっかけてくる。

日本人船長に相場の2倍のお金をあげたところ、返された。


モースの話

『日本人は確かに貧乏人が存在するが、貧困は存在しない』


今の日本を見渡すと国中が『勝ち馬に乗れ』の状態。

例えば、『自らの信条を貫くなどナンセンス』

調子のいい風見鶏ばかり。


昔は、損得勘定を度外視していたところがあった。

何でも法律でやろう、という社会はいかがなものか。

そもそも、人間の行動を法で規制しようとするのは 恥ずべきこと。

道徳、倫理、礼節、周りの目、親の顔、世間。

こういうもので自然に律されているのが高貴な国である。


アメリカは日本の約20倍の弁護士がいる。

つまり、それだけギスギスした社会であるということ。


今の日本の子供達はどうか?

『唯一』の道徳は『他人の迷惑になることはしない』

これは、逆に考えると他人の迷惑にならなければ何をやってもいい、という短絡的な結論に。

援助交際、麻薬、電車の中で化粧など

私も電車に乗るのだが、例えば池袋から原宿まで『のっぺらぼう』だった顔がいつの間にか目ができマユができ、と。

コンビニの入り口で座り込み。

これも確かに法律違反ではないが、、、


昔、日本は非常に道徳心が高い国であった。


今や、どうなのか?


先の例にある通り、ヨーロッパ人は昔の日本人に対しびっくりしていたのである。

多くのヨーロッパの国々において道徳は教会で教えてもらっていた。

そこで生まれる外国人達の疑問、日本人は生まれながらにして道徳心を持っているのではないか? と。


日本は昔から世界一の中等教育を誇る国であった。

明治維新以降の驚異的な経済発展は高い教育レベルがあったからであることは説明不要の事実。

おそらく他の国がマネしようとしてもマネできないのではないか?

仮に、どんなに政治がマズくても発展してきたのである。


ひるがえって今の公教育を見渡してみると、、、

20年前、私は外国で教えていたが、日本はダントツの教育レベルであった。

非常に残念ではあるが、例えば経団連の方々、この人達が今の公教育に対して横槍を入れてくる。

小さいうちから英語教育? 

英語が一番うまく話せる国、当然、それは英国であるが、

20世紀を通してかの国は、ずっと経済は停滞していた。

それなのに英語優先主義ともとれる教育方針に疑問を感じるのである。 

英国を差し置いて、日本は驚異的な経済発展をしてきたというのに。


今、国民投票したら、殆どの人が小学校からの英語教育の導入に賛成するであろう。

小学校からパソコンの授業? これではPCソフトを作る人がいなくなる。

お金を教える、株を教える?  小学生が株の欄を見る必要など無い。

そんな暇があったら、漢字を覚えて、九九を徹底しろ、と言いたい。


安倍さんも教育には熱心であるようだが、

おそらく、教育改革は失敗するであろうと思われる、いや、断言できる。

なぜなら、つまるところ、国民が悪いからである。

99.9%子供中心に考えている。

大人が主役になるべき。

子供中心主義、子供におもねる。

本当にそれでいいのか?


文部科学省もたまにはいいことも言う。

『基礎を徹底する』これは非常にいいこと。

しかし、私がある会議の際に『それに「厳しく」を付け加えろ』と言ったところ、誰かが必ず反論する訳です。

『それでは子供がかわいそう』と。

極論すれば『子供の個性は踏みにじる』くらいの姿勢でもいいのではないか。

生まれた子供は野蛮な状態である。


今の国語の教科書の厚さは昔の三分の一程度。

読めない文章を載せる → かわいそう。それでは子供が傷つく。

今の学校は教壇が無い → かわいそう。それでは子供が傷つく。


私は常々『国民が嫌がる政策をやるべき』と言っている。

徹底して家庭教育で躾けを。

私は『1に国語、2に国語、3、4が無くて5に算数』と常々言っている。

家でやる分には特別な教育・勉強をしてもよい。

しかし、公教育ではどうなのか、ということ。

前の話に関連するが、江戸時代。

日本の識字率はダントツで世界一であった。

男70% 女40%  同時期のロンドン 25%  ロシア 20%前後

数ヶ月前のPISA型読解力の新聞記事。

前回1位だった日本が、今回は6位になってしまった → これでは日本は潰れるしかない。

このままでは日本はタダの国になってしまう。

国土も狭い、資源も無い日本。 

常に世界のダントツTOPでなければならない。

今、世界で一番注目されている中国。

現時点で日本と比較しても話にならない。

学力レベル? 単に、著作権を無視したコピー製品を作るのが得意な国ではないか。

現実的な話として、中国・韓国にノーベル賞をもらった理系の学者などいない。

その焦りからか、ちょっと前に韓国では、、、

(注・・・女性に大人気だった例の大学教授の論文捏造事件と思われる)

日本の特筆すべき特徴の一つとして『末端の労働者のレベルが違う』ということ。

彼らには工夫がある。 例えば『カイゼン』もしかり。

これは他国にはない大きなアドバンテージである。

そういう訳で、日本は、昔も今も、世界でダントツの圧倒的な国でなければならないのである。

かつてハンチントンが世界七大文明に分けた時、日本だけどうしても分類不能の国だったという。

結果、日本を第八番目の文明とした。

つまり、世界的にみても非常に独特な国柄を持つ国なのである。

ヨーロッパの友人と話していると、、、

『論理』ではダメ、『情緒』が大切だとわかる。

例えば、今、私は女学生に教えている立場だが、

彼女達は『日本は恥ずかしい国である』と口にする。

本当にそうなのか?

一例として、文学の世界。

西暦500年〜1500年の1000年間、日本文学の質は世界の中で圧倒的なレベルであった。

文学にしても数学にしても、日本人は昔から世界の中で圧倒的な感受性を持つ国民であった。

数学では和算関孝和。かのライップニッツすら圧倒していた。

(注・・・神社の絵馬に和算のなぞかけを、、、庶民が楽しんでいた。)


・美的感受性について

例えば、英国人がお茶をガブ飲みしている時、日本では茶道。

花の世界もしかり。

美を見出し『華道』に昇華された。

古来より、日本人の美的感受性は圧倒的であったのである。

多くのものに芸術性を見出してしまう国民性なのである。

ドゥハーンは『こんな感性を持つのは日本以外の国では詩人くらいだ』と評した。

さらに例をあげると、、、

紅葉狩り

欧米では単に『死にゆく葉っぱ』である。この感覚を持つのは日本人の他には南洋のある部族ぐらいである。

桜前線

開花の時期になると毎日ニュースでやっている。

1年のうち、本当に満開で綺麗なのはわずか4・5日。

にもかかわらず、多くの人が気にしている、楽しみにしている。

実際、年間200日満開だったら、こんなに国民は楽しみにしないであろう。

すぐに散ってしまう桜の儚さを人生のそれに例えているのである。


・『愛』について

今、私が言いたいのは『まず自分の出身地を愛すべき』ということ。

これができないヤツは人間として最低である。

家族愛、公共愛、祖国愛、

この3つが十分あれば、戦争の抑止力にもなる。


・『惻隠』について

今さら細かい説明はしないが、この『武士道精神』こそ世界に輸出していいのではないか?

『自由と平等』こんなものは世界どこを探しても存在しない。

そもそもアメリカに『自由と平等』はあるのかと問いたい。


・『卑怯を憎む心』

小さい頃から徹底して教え込まないといけない。教え続けないといけない。

そうしないと、イジメなどというものは永遠になくならない。

今の日本のイジメは陰湿である。

昔は、『まあ このヘンで』というのがあったのだが。

とにかく『卑怯を憎む心』は親が徹底的に教える必要がある。

6歳、遅くても9歳まで。

例えば、歳が上の子供が歳の下の子供を殴った。

これは理由など必要ない、説明も不要。

親はためらわず手を挙げてよい。

さらに、そこにどんな理由があろうとも、個人対複数のイジメも駄目。

徹底的に叱るべきである。

今の日本はどうか?

親が、先生が、地域社会が『見て見ぬフリ』をしている。


・本日のテーマ『日本のこれから』その結論として

『論理』『合理』『理性』をそれぞれ尊敬しつつ、日本的なものを加えて発展していくべき。

そして、全ての国からお手本となるような国柄を目指すべきなのではないか?

極論すれば、世界を、人類を救うのは、かつての日本人が持っていた精神なのではないか、そう考えるのである。

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講演時間は90分。

ボイスレコーダー使用した訳ではないので内容に抜けがあるかもしれませんが、参考まで。

講演聴いた次の日から3泊4日の旅行してしまい、その後から思い出しながら打ったので、、、無念。

でも9割方は上記内容だったと思われます。